2010年04月24日

“Mr.Camshaft”Bill Jenks

Bill Jenks.jpg

もう一昨年のことになりますが、LAを訪れた際に少し時間があったので
サンタフェスプリングスのMooneyes USAを訪ねてみました。ちょうどボスのシゲさんもアメリカに来ていたので、ちょっと顔を出し行ったのです。
日本でちょくちょく顔を合わせているのだから「何を今さら」という
気もしますが、Moonのホームベース、カリフォルニアで会うのはまた
少し違います。

シゲさんは上機嫌でファクトリーの中を案内してくれました。いつも
上機嫌な人だけど、カリフォルニアにいる時はいつも以上にのびのび
しているように見えます、このオジサン。

で、そのファクトリーですが、Moonを代表する製品であるMoon Tankや
Moon Diskが作られているのは、実は世界でここだけ。Moon発祥の地は
今でもMoonの中枢であり続けているのです。その製品が作られていく
プロセスを実際に見るのはとても興味深いもの。どんな分野でも一流の
プロフェッショナルの仕事っぷりを見る、というのは、ちょっとした
エンターテインメントです。それを見るだけでもここまで来る価値は
あるでしょう。すべての製品は数人のクラフトマンによって、ヘラ絞り
などの技術を駆使してひとつづつ手作りされています。その中に、
ひときわ高齢のクラフトマンが黙々と働いているのに気付きました。
彼がBill Jenksでした。

小学生のころ(ということは、1960年代終わりごろ〜1970年代初め)
からMoonのことは“なんとなく”は知っていました。レースカーの
プラモデルには必ずMoonの“アイボール”デカールが入っていたから。
そのころ、Re vellのプラモデルは日本のグンゼ産業によって輸入・販売
されていて、ファニーカーやドラッグスター、そして、ナックルヘッド
のチョッパー(!)のプラモデルなんかも普通の小学生が普通に買って
作っていたのです。

高学年になると小遣いを貯めてオートスポーツ誌なんかも時々買って
読むようになっていました。その中にカンナムやドラッグレースの記事
もあったから、それで知っていたのかもしれません。日産がR381に積む
ためにMoonでチューンされたシボレー・エンジンを買った、という話も
オートスポーツ誌の記事で知ったような気がします。そのころのMoon
のイメージは「ハードコアなレース用のパーツ・メーカーなんだな、
きっと」という認識でした。すでにMoonはアメリカのレース界のビッグ
ネームだったような気がします。

元々Potvin Camshaft社でカムシャフトを制作していたというBillは、
Potvin社がMoonに買収されると共にMoonに移籍。以来、50年以上に
渡ってMoonでカムシャフトを作り続け、Mr.Camshaftと呼ばれた伝説の
クラフトマンです。かつて日本の小学生がプラモデルや雑誌でまだ見ぬ
アメリカのレースシーンを夢想していたころ、まさにBillはカンナムや
ドライレイク、ドラッグレースで使われるカムシャフトを作っていた
訳です。そして40年近くの時がすぎ、あの時の小学生は、偶然では
ありましたが「ギリギリで」その男に会うことができたのでした。
寡黙な男だ、というBillは、カメラを向けてもニコリともせずに黙々と
手を動かし続けていました。

Billが亡くなったのは、その1年半後でした。50年以上そうしてきた
ように、Billは毎日出社して黙々と働いていたそうです。最後は酸素
ボンベを引きずって出社してきたそうです。今、Billの遺骨は、彼自身
が作ったMoon Tankに収められて埋葬されているそうです。






イラストは次号Lightning誌(4/30発売)に掲載予定。

2枚(複製)をシゲさんに贈呈。
シゲさんはいつも以上の上機嫌で、1枚はMoon Cafeにディスプレイされ、
もう1枚はbillの奥さんにプレゼントされるそうです。



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さて、明日(4/25)は、そのMooneyes主催のカーショー・イベント
「24th ストリートカー・ナショナルズ」@お台場。
http://www.mooneyes.co.jp/info.html
ワタクシも会場内のどこかで通行人にDouble Nickel 2を売り付けて
おりますので、見つけても石を投げないでください。。。。。。。


posted by フランケン at 10:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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